子連れサムイ☆2009 
【教えてトコロさんQ72】ベストシーズン到来のタイ・サムイ島で、この夏オススメのホテルを教えて!(06.20)
サムイであたらしくできたホテルやノベーションずみのホテルも含め、家族4人が、広々とした部屋でまったりとビーチとプールを往復しながら1週間ほど過ごせるホテルでオススメがあれば教えください。高級なところというより、ファミリーフレンドリーなホテルがいいです。
【子連れサムイ】タイならではの陶器からトゥクトゥクのオモチャまで、サムイで選んだおみやげリスト
今回のサムイ子連れ旅行で、お土産に買ってきた品々をご紹介します。あまり買い物にはでかけなかったので、お土産の大半は、ホテルのギフト・ショップと空港で購入しました。ちょっと割高だったかなとは思いますが、手間を惜しんだということでよしとします。
【子連れ海外持ち物】8才&4才の子供と「ビーチ・リゾート」を満喫するための荷造り術
機内預けのスーツケースに詰めるものは、まずは着替えで荷物の大半を占めます。アジアのリゾートホテルでは、コイン・ランドリーがないところも多いので、着替えは余裕を持って用意します。
【子連れサムイ】チャウエン・ビーチの歩き方からビーチリゾート名物「三つ編み」の楽しみ方まで
サムイ島観光で、街歩きの中心になるのが、島の東側にある「チャウエン・ビーチ Chaweng Beach」。プーケットでいうと、パトン・ビーチに比肩する繁華街。この界隈は、昼間よりもナイトライフを楽しむのに向いているようです。両替屋やカバン屋、ダイビングショップ、レンタル・バイク屋などはたくさんあるのですが、子連れでブラブラと楽しめる土産物屋は案外少なかったです。
【子連れホテル】インペリアル・ボートハウス・ホテル/サムイ島
今回は、ほかのホテルがすべて埋まっていたのでこのホテルを選びましたが、プールも広く、食事もおいしく、子供たちには好評でした。子連れの宿泊客が多かったので、レストランなどでも周囲に気兼ねする必要もなく、スタッフもみんな親切で、結果的にはかなり満足のいく滞在先になりました。
【子連れサムイ】年越しは打ち上げ花火で盛り上がる「インペリアル・ボートハウス・ホテル」のガラディナーで
「ガラ・ディナー Gala Dinner」というのは、ホテルでクリスマスや大晦日など、特別な日に提供されるディナーのこと。パーティ会場が用意され、バンドの演奏やショーなどが催されます。わが家では、昨年はフィリピンのセブ島で、そして今年はタイのサムイ島で、大晦日のガラ・ディナーを体験しました。
【子連れサムイ】タオ島体験ダイビングはシッターサービスも利用できて、親も子供もハッピーな一日に
サムイ島での3日目は、子供たち抜きで体験ダイビングに出かけることに。娘(8才)と息子(4才)を、ふたりまとめて置いていかなくてはなりませんが、今回はお世話になったダイビング・ショップに、シッター・サービスが用意されていたので、お願いしてみることに。
【子連れサムイ】フィッシング1日ツアーにサファリ半日ツアー、射撃…盛りだくさんのサムイのアクティビティ
サムイでは、マリンスポーツはもちろんのこと、ジャングル・サファリやトレッキング、シューティングなど、日本では体験できないプランがそろっているので、ホテルでのんびりする合間に、出かけてみるのもいいと思います。
【子連れホテル】ロイヤル・ホテル・バンコク
今回の子連れ海外旅行で、バンコクでの宿泊に利用したのが「ロイヤル・ホテル・バンコク」。選んだ理由は、ロケーションと値段です。カオサン通りへは歩いてすぐ、王宮も徒歩圏内。家族4人、1泊4800円と格安でした。
【子連れバンコク】絢爛豪華な舞台が圧巻!「サイアム・ニラミット」は日本語解説もあって子供も楽しめる!
サイアム・ニラミットは、ギネスブックにも掲載されている世界最大の劇場を中心としたテーマパーク。座席数2000、150名以上の劇団員と500着以上のきらびやかなコスチュームを有し、豪華な舞台構成で、タイの歴史や文化、宗教観を紹介してくれます。
【子連れバンコク】クルマ1台貸し切っても家族4人で1600円! 超格安バンコク半日ツアーを堪能
早朝にスワンナプーム空港に到着。空港内にある旅行代理店で、クルマ1台を貸切って好きな場所へ行け、さらには英語のガイドもついて、 4時間でひとり4ドル! 4人でも16ドルという破格のツアーをみつけました。
【子連れサムイ】「タイ航空」と「バンコク・エアウェイズ」を乗り継いでサムイへGO!
今回のフライト・スケジュールは、セントレア(中部国際空港)を午前1時に発つ「タイ国際航空」の深夜便でバンコクへ行き一泊、翌日の午後2時に「バンコク・エアウェイズ」の国内線でサムイに到着。帰路は、午後8時にサムイを出発、バンコクを翌日の午前0時20分発の深夜便でセントレアへ帰着というものでした。













